晶子詩篇全集拾遺

與謝野晶子

晶子詩篇全集拾遺書籍情報

底本:「定本 與謝野晶子全集 第九巻 詩集一」講談社
   1980(昭和55)年8月10日第1刷発行
   「定本 與謝野晶子全集 第十巻 詩集二」講談社
   1980(昭和55)年12月10日第1刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字を新字にあらためました。固有名詞も原則として例外とはしませんでしたが、人名のみは底本のままとしました。
※標題のない作品については、[無題]と記載しまた。
※各詩編の行の折り返しは、底本では1字下げになっています。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※初出、収録された単行本等に関する情報は、ファイルに含めませんでした。
入力:武田秀男
校正:kazuishi

晶子詩篇全集拾遺 6

與謝野晶子

  市立高岡高等女学校校歌

我等の歌は、もろともに
内の理想の叫びなり。
また、みづからを励まして
呼ばるる声ぞ、いざ歌へ。

平野のかなた、天つ空、
峰を連ぬる立山に
比(よそ)へんばかり、われわれも
明るく高き心あれ。

桜の馬場に花ひかり、
古城公園松秀(ひい)づ。
やさしき花のわれわれも
身の健やかさ、松に似よ。

婦人の徳の本(もと)として、
愛を養ひ、智を磨き、
善事に励む習はしの
楽しき日をば重ねなん。

ああ、大御代に生れ来て、
われら少女(をとめ)も学ぶなり。
このありがたき幸ひを
空しくせざれ、わが友よ。

互に他をば敬ひて、
ともに自ら重んぜん。
師の君たちの御教(みをしへ)に
いざ、つつましく従はん。

この感激をくり返し、
同じ理想に手をつなぎ、
確かに一歩、また一歩、
勇みて進む朗らかさ。

高岡市立高女生、
これを我等の誇りとす。
凜凜しき今日のよき少女(をとめ)、
輝やく明日の人の母。


  琉球の団扇

ありがたう、琉球の友よ、
送り給へる檳榔の葉の団扇
昨日より我手にあり。
我れは此の形を
陰暦十日の月と見て
那覇の港の夜を思ひ、
なつかしき君が心も
此の風にまじると思へり。
この団扇には柄無し、
大きく手に掴みて取れば
乾隆の詩箋を捧ぐるが如し。
我れは是れを額に載せて眠り
その南島の夢を見ん。


  小鳥の巣

何と云ふ小鳥の巣ならん、
うす赤き幹の
枝三つ斜めして並べるに、
枯れし小枝と、苔と、
すすきの穂とを組みて、
二寸の高さにまろく、
満月の形したり。

巣のある木を
更に上より傘したるは
方三丈の大樹、
などか小鳥は
その黒樺をえらばずして、
きやしやなる幹の
沙羅の枝に住みつらん。

小鳥の巣、
今は既に空ろなり、
ここにて孵(かへ)しし雛と共に
その親鳥の飛び去れるは何処(いづこ)ぞ。
谷の風吹きのぼるたびに
熊笹、山の林の奥にまで浪打ち、
前には遠き連山に八月の雪あり。

小鳥の巣、
幸ひあれよ、
その飛び去れる小鳥らに。
我れもまた今日は旅びと、
恐らく、東京の我が家をも
この巣の如くさし覗きて、
我が旅のために祈る友あらん。


  愛国者

小田原より東京へ
むし暑き日の二時間、
我れは二人(ふたり)の愛国者と乗合せぬ、
二人は論じ且つ論ず。

その対象となる固有名詞は
すべて大臣大将なれど、
その末に敬称を附せざるは
二人の自負のより高きが為めならん。

満員の列車、
避くべき席も無し。
我れは久しく斯かる英雄に遇はず、
されば謹みて猶聴きぬ。

日米のこと、日露のこと
政党弾圧のこと、
首相を要せず、外務大臣を要せず、
天下は二人ありて決するが如し。

大船駅停車の二分に
我れは今日の夕刊を買ひぬ。
新聞には「昭和九年」とあれど、
我れの前の二人は明治型の国士なり。

新聞を開きて、我れは現代に返る。
一面の隅に如是閑先生の文章あり。
偶然にも取上げたる新聞は
英雄たちと我れの間に幕となりぬ。


  防空演習の夜

今日(けふ)は九月一日、
誰れか震災を回顧する遑(いとま)あらん。
敵機の襲来を仮想して、
全市の人、防空に力(つと)む。

午後六時、
サイレンは鳴りわたる。
子らよ、灯を皆消せるか、
戸をすべて鎖しつるか。

良人と、我れと、
泊り合せたる是山(ぜざん)ぬしと、
暗き廊を折れ曲りて
采花荘(さいくわさう)の書斎に入る。

手探りに電灯をひねれば、
被(おほ)ひたる黒き布長く垂れて、
下二尺
わづかにも円(まろ)く光りぬ。

雨、雨、俄かなる雨、
風さへも荒く添へり。
サイレンに交りて
砲声遠く起る。

防護団の若き人人、
今、敏活の動作いかなるべき。
いざ、斯かる夜に歌詠まん、
屋外の任務に就かぬ我等は。

この即興の言葉に、
是山ぬし先づ微笑み、
良人はうなづきて
煙草(たばこ)に火を附けぬ。

黙して紙に向へば、
サイレンと、暴雨と、砲声と、
是れ、我等を励ますなり、
我等の気は揚がる。

但だ、筆を執る姿は
軒昂たること難し、
俯向ける三人の背に
全市の闇を負へり。

少時(しばし)して、突然、
地震なり、
板戸、硝子戸、鳴りとどろき、
家三たび荒く揺れぬ。

子の一人馳せ来て告ぐ、
横浜なる防空本部のラヂオ
今云ひぬ、
「この松屋の屋上も揺れつつあり」と。

人は敵機の空襲に備へて、
震災記念日を忘れたれど、
大地は忘れずして
我等を驚かしつるならん。

砲声は更に加はる、
敵機、市の空に入れるか。
驚異と惶惑の夜、
我等は猶筆を執る。