與謝野晶子
底本:「定本 與謝野晶子全集 第九巻 詩集一」講談社
1980(昭和55)年8月10日第1刷発行
「定本 與謝野晶子全集 第十巻 詩集二」講談社
1980(昭和55)年12月10日第1刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字を新字にあらためました。固有名詞も原則として例外とはしませんでしたが、人名のみは底本のままとしました。
※標題のない作品については、[無題]と記載しまた。
※各詩編の行の折り返しは、底本では1字下げになっています。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※初出、収録された単行本等に関する情報は、ファイルに含めませんでした。
入力:武田秀男
校正:kazuishi
與謝野晶子
昭和十年
〔無題〕
しら布に覆へる小箱、
三等車より下(お)り来たる。
黙黙として抱だきたるは
羽織袴の青年。
名誉の死者の弟か。
知らぬ他国の我れなれど、
この駅に来合せて、
人人の後ろより、
手を合せつつ見送れば
涙先づ落つ。
駅のそとには
一すぢの旗動き、
兵士、友人、縁者の一群(いちぐん)
粛然と遺骨の箱に従ふ。
「万歳」の声も無し。
我れは思ふ、
などか此の尊き戦死者の霊を
此のふるさとに送るに
一等車を以てせざりしや。
我が涙また落つ。
〔無題〕
師走の初め、都にも
今年は寒く雪ふりぬ。
出羽奥州の凶作地
如何に真冬のつらからん。
陛下の御代の臣(おみ)たちよ、
人飢ゑしむること勿れ。
国には米の余れるに
恵みて分つすべ無きか。
市人(いちびと)たちよ、重ねたる
衣(きぬ)の一つを脱ぎたまへ。
飢ゑ凍えたる父母に
その少女らを売らしむな。
彼等の子なる兵士らは
出でて御国を護れども、
ああ、その心、ふるさとの
家を思はば悲まん。
ともに陛下の御民なり。
是れよそごとか、ただごとか。
いざ、もろともに分けて負へ、
彼等の難は己が難。
〔無題〕
たけ高きこと一丈、
雪白(せつぱく)の翼を拡げたる大鳥二つ、
鸞ならん、鳳ならん、
青き空より舞ひくだり、
そのくはへたる紫の花を
幾たびも我手に置きぬ。
昨夜の夢は是れなり、
かかる夢は好し、
覚めたる後も猶
燦爛として心光る。
〔無題〕
今日わしれども、わしれども、
武蔵の路の長くして、
われの車の窓に入る、
盛り上がりたる白き富士。
竜胆(りんだう)いろに、冬の空、
晴れわたりつつ、雲飛ばず。
見て行く萩の上にあり、
河原より吹く風のおと。
[#改ページ]
昭和十一年
一とせ
能はずとせしことなれど、
怪しく此処に得たりけれ。
おのれの死にて亡き後の、
世をば一とせ我れの見る。
能はずとして思ひし日、
これさへ色と彩(あや)ありて、
与らぬをばさびしやと、
羨しやと、泣かれたり。
見るべからざる物を見て、
寂しく時を送りぬと、
君見て云はん後もなし、
虚無の世界のことなれば。
半分以上
私の子供達、さやうなら。
お父様のところへ行きます、
いろんな話をしませう。
あなた達もさう思ふだらう。
けれどそれは詩だよ、
言偏(ごんべん)の「し」だよ。
何があるものですか未来に、
そんな世界がねえ。
私はよく知つてゐた。
あれからの私は寂しかつた。
でもそればかりではなかつた、
私は詩を描いてゐたからね、
生活のおよそ半分を、
詩で塗つて来ましたよ。
この期に臨んでも、
私は抱いてゐます詩を、
詩を半分以上。
それでは行きますよ。
宣しく云ひませうね、
あなた達のお父様に。
[#改ページ]
昭和十二年
藤七の硝子
永久に若い天女の、
降りて来たのが藤七の工場。
作られて行く硝子の高坏(たかつき)の
美くしさに、うつとりと、
手を触れた指の跡。
うす紅(べに)の指紋を御覧なさい。
上からでも、下からでも、
もともと硝子なのですから。
指紋が残つて居ればとて、
不思議なぞありません。
硝子のまだ半液体である時、
其れが火より熱かつたとて、
天女の指は焼けません。
人の身体(からだ)の中の心臓の、
かうした場合などにも、
触れて見ない手ではありません。
細きベツド
我が閨(ねや)の傍へのベツド。
内なるは君にあらずて、
藤子こそ眠りたりけれ。
この事実、いつよりとなく
覚えたり、夢裏(むり)のたましひ。
或る夜半の悪夢のうちに、
救ひをば我れの求めて、
声を上げ、君を呼びてき。
その寝ねて在(い)ますベツドは、
遥かにも離れてありき。
今もなほ、目にこそ見ゆれ。
君が寝て在ませるベツド、
細長く縁深かりき、
夢にわれ箱と悟らず、
ましてこれ柩なりとは。