與謝野晶子
底本:「定本 與謝野晶子全集 第九巻 詩集一」講談社
1980(昭和55)年8月10日第1刷発行
「定本 與謝野晶子全集 第十巻 詩集二」講談社
1980(昭和55)年12月10日第1刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字を新字にあらためました。固有名詞も原則として例外とはしませんでしたが、人名のみは底本のままとしました。
※標題のない作品については、[無題]と記載しまた。
※各詩編の行の折り返しは、底本では1字下げになっています。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※初出、収録された単行本等に関する情報は、ファイルに含めませんでした。
入力:武田秀男
校正:kazuishi
與謝野晶子
空しき客席
観客となり君が居る、
舞台であれば独白の、
長い台詞(せりふ)は云へませう。
どんな身振りも出来ませう。
重き病の悲みも、
訴へるよな、云ふやうな、
時と所を持たざれば、
感じぬことと変りなし。
たつた一句の捨台詞
わが引込みに云ふことも
無駄な舞台の上に描く、
黒い小さい疑問符を。
強き友
海を渡らん我が友へ、
別れを述べに行きし時、
客室(サロン)の椅子をいと※[#「執/れっか」、10巻-483-上-1]き、
涙に我れの濡らしてき。
老いたる寡婦の悲みが、
別離の情に誘はれし、
不覚の態と恥ぢたりき、
友の客室の我が涙。
死ぬは期(ご)したることなれば、
重い病になりしとて、
強き心の我が友を、
殊更思ふこともなし。
世のもてなしの礼なさが、
著(あら)はになりて見えし時、
病に障りあらすなと、
惑へる子等を我れは見ぬ。
一年(ひととせ)まへの真夏の日、
旅立つ友に流したる、
涙のこころやうやくに、
悟るを得たり、わが友よ。
蜜柑の木
朝の光が外にゐて、
さて鎧戸と、窓掛と、
その内側の白い蚊帳、
かうした中に生えてゐる、
蜜柑の若木五六本。
それが私に見えるのだ。
いまだ開かぬ瞼ごし、
まぼろしでなく夢でなく、
昨日の朝も今朝も見る。
香(かぐ)の木の実が生(な)るでなし、
はなたちばなが咲くでなし、
蜜柑の木より榊とも、
樒(しきみ)の木とも云ふ方が、
かなつたやうな若い木で、
穂すすきめいた弓なりの、
四尺ばかりの五六本。
初めの朝に蜜柑だと、
決めて眺めた緑の木。
熊野の浦の浜畑の、
白い沙地と見えるのは、
まさしく蚊帳の麻の目よ。
私はこれを楽しんで、
見てゐながらも思ひます。
かうした蚊帳の中にある、
蜜柑畑のほの白い、
沙子(すなご)の中で人しれず、
生命(いのち)終つて横たはる、
朝が私にあることを。
すすき
穂の薄をば手に提げて、
盆の仏の帰る絵を、
身の毛のよだつ思ひして、
見たは幼い日のわたし。
そのすすきより細い手も、
それより白い骨もまた、
恐しい気のせずなりて、
十三日の待たるるよ。
巴里の街の下に見し、
カタコンブなる鈍色(にびいろ)の、
人骨などはよそのこと、
あの絵に描いた白い人。
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昭和十三年
二十六日
霜月の末の落日、
常磐木の十(と)もと二十(はた)もと、
その他(た)には三四の紅葉、
中目黒、驪山(りざん)の荘よ、
広縁に畳敷かれて、
古柱、紫檀めきたり。
この入日、平家の船を
西海に照らせる如く、
我れを射て、いといと赤し
心をば云ふにあらねど、
風なくて肩の寒かり、
君逝きし二十六日。
丹羽夫人に
伊弉諾(いざなぎ)と伊弉冉(いざなみ)の神、
導きて、うら若草の、
妹と背の君の入るてふ、
甲子園、ホテルの宵を、
遥かにも思ひやりつつ、
浮びくる唐の詩人の
宮詞(きゆうし)など、口に載せつつ、
幸ひの身にも及ぶと
云ふ如く、我れ楽みき。
あることか、二三日のちの
消息は、新男君(にひをとこぎみ)、
うちつけに、その夜中より
病して、妹背の契り、
空しくも、うたかたとなり、
永久に帰らぬ国へ、
翌る日の十七日に、
赴くと、逝(かく)れましぬと、
云ふものか、報ずるものか。
あさましと、云ふにも過ぎぬ。
はかなしと云ふきはならず。
喪の人と、この時すでに、
新妻の美喜子の君は
なりたまひ、つるばみごろも、
深く染め、籠りたまふと、
云ふことを、誰れか思はん。
涙ゆゑ濡れまろがりし
ひたひ髪、そのまみ見ゆれ。
哀愁にとざされはてし、
二方(ふたかた)のたらちねの君、
思はれて、虚無の隣の
人の世を、ひたすら歎く。
をんな
涙の花のことごとく、
白く咲く日も、その内に
燃ゆる焔のひそみたる、
女の胸の怪しさよ。
かの青春が放ちたる、
火の綿綿と絶えざるを、
抱きて死ぬ期に至るこそ
太陽の子の女なれ。
かつてはあてに香ぐはしき、
くれなゐの花咲かしめき、
恨みの心深きとき、
むらさきの花零せしか。
六十年の齢(とし)終り、
病の深くむしばめる、
身は身なれども、我れは斯く、
思ひ上りて歌を書く。
鵯
藍鼠をば著た上に、
伊達ものめいた黒を掛け、
党を組んだるひよどりが、
柑橘の畑荒しても、
追はぬ主人(あるじ)は故郷(ふるさと)の、
若人達を相手にて、
一葉余さず落葉掃く、
蓬が平(ひら)の真珠庵。
折しも続く東海の、
錦の雲の真中に、
ネエブル色の日が出れば、
伊太利亜型のひよどりは、
蜜柑の枝に背を反らし、
其処へ行かうと同志等に、
ささやく声もうち消して、
どつと渚の波が寄る。
〔無題〕
都の中の神田にも、
丑三つ時のあることを、
病みて知れるにあらねども、
声の無きこそ哀れなれ。
しとどの汗のうちに覚め、
そこはかとなく明りさす
室の広きを見渡せば、
昼の二三の顔浮ぶ。
病めば思ひも多からで、
同じ筋のみたどられぬ。
生死(しやうじ)の覚悟身に沁まず、
我がこととなくよそよそし。
小床と向ふ垂幕に、
伊豆の入江の烏賊船の、
いさり火模様描くものは、
下谷浅草本所の火。
短夜なれば既にして、
外を通へる風の音、
明けん朝(あした)に関心を、
もち初めしよと我れは聞く。
〔無題〕
確かにも脈ぞ打ちたる、
安んぜよ愁ふるなかれ、
阿佐ヶ谷の博士来たまひ、
斯くも云ひ慰めませど、
我れは聞く、こと新しと。
友のE歩み寄り来て、
話せじ見ば足りぬべし、
としも告げ、一揖(いちいふ)をして、
抜足に病室を出づ。
何となく昨日と今日の、
変れるを下に悟れど、
我がやまひいちじるしくも、
重りぬぞなど思はんや、
※[#「執/れっか」、10巻-490-上-12]の度を人の計れど、
たださんと我れはせぬなり、
初めよりせぬことするは、
恥しき事と思へば。
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